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メールマガジン

2011/10/31

【九州電力「経営者の暴走」その後の展開】

 10月12日午後に配信した本メールマガジンの『九州電力の「経営者の暴走」を止めることはできるのか〜日本型コーポレートガバナンスと監督行政の真価が問われている〜』と題する私の論考(⇒ http://www.comp-c.co.jp/pdf/111012.pdf )は、その後の九州電力をめぐる問題の展開に大きな影響を与えることになった。
 その後、先週水曜日に第三者委の委員4名の連名で九電取締役への「緊急メッセージ」を送付し、阿部教授と私とで福岡市で記者会見、そして、翌日には、私が九電松尾会長と会談して、オープンな場での議論を提案するに至るまでの経緯を振り返ってみたい。

●九州電力最終報告への批判の受け止め方

10月14日午前11時、九電眞部社長は、経済産業省で、同社の最終報告書をエネルギー庁長官に手渡した。同日午後、枝野大臣は出張先の中国で、九州電力が提出した最終報告書が、第三者委員会報告書の中の都合の良いところだけを抜き出し「佐賀県知事発言が賛成投稿要請の発端」などの指摘を除外する内容であることに関して、「第三者委の報告書のつまみ食いをするようなやり方は、公益企業のガバナンス(企業統治)としてありうるのか」と批判し、そのような報告書を提出した九州電力の経営者についても「どういう神経でしているのか理解不能だ」と厳しく批判した。

 この枝野大臣のコメントに加えて、同日夜、私が経済産業記者クラブで会見し、同社の最終報告書について「第三者委員会が問題の本質ととらえているものを一切、無視し、我々の報告書の都合のよいところだけをつまみ食いして、ちりばめたもので論外だ。今まで原発を推進するベースにしてきた佐賀県や古川知事との不透明な関係を続けようとしていると、疑わざるをえない」と述べ厳しく批判したこと、同日午後の記者会見で同社の眞部社長が「私どもが無実と考える方に、ぬれぎぬを着せることは、ゆるがせにできない。郷原委員長にはそんなにこだわってほしくない。もう第三者委は終わり、委員長じゃないのだから」などと発言したことが同日夜のニュース等で大きく報じられたことで、九州電力に対する社会的批判が一気に高まった。

 10月12日配信のメルマガが、枝野大臣の発言を契機とする九州電力の「経営者の暴走」への社会的批判の高まりに関して、「導火線」の役割を果たした面は確かにある。

 問題は、九州電力経営陣が、社会から厳しい批判を受けている現状を、枝野経産大臣という政治家が政治的意図に基づいて行った発言によってもたらされたものと受け止めているように思えることである。そのような見方が、九州電力側に本件に関する社会的批判の性格についての誤解を生じさせ、自らの行動が社会常識に反することの自覚を妨げている。

 九州電力が、今回、社会から厳しい批判を受けているのは、いわゆる「やらせメール」など、同社が玄海原発再稼働に関してとった行動が、福島原発事故による急激な環境変化に適応できず、過去、同原発へのプルサーマル導入に関してとった公開討論会でした、社員等による組織的な「仕込み質問」等の行動と同様の行動をしてしまうという、震災後の社会常識を逸脱した行動であること、それらの問題に関して、自ら設置した第三者委員会が、問題の本質は、原発立地自治体で、原発に関する重要な問題に事前了解を与える立場にある佐賀県側との「不透明な関係」にあるとして、具体的事実を指摘しているのに、その事実を無視して、独自の見解に基づく報告書を経産省に提出するという行為が、公益企業の行動として社会常識を逸脱しているという評価を受けているからである。

 九州電力が社会から厳しい批判を受けているのは、そのような行動をとったことの当然の結果であり、私のメルマガによる批判も、枝野経済産業大臣による批判も、そのような「当然の社会的批判」の一環として行われたものに過ぎないのである。

「九州電力第三者委員会報告書」の意義

 今回の第三者委員会は、九州電力によって設置され、同社と委員会との合意により、日本弁護士連合会の「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に則って運営され、その成果としての第三者委員会報告書が公表されたものである(唯一、同ガイドラインを適用しなかったのは、私の委員長報酬である。同ガイドラインでは、「弁護士たる第三者委員会委員及び調査担当弁護士の報酬は時間制を原則する」とされているが、今回の第三者委員会が、公益企業である九州電力の不祥事に関して設置された公益的性格を帯びたものであり、委員会の活動に関して独立性、客観性の確保が求められ、第三者委員会の活動がすべて会社側の意向と合致するとは限らないことに鑑み、委員長の業務の対価としての報酬を、業務の所要時間に比例して無制限に請求することは必ずしも適切ではないとの判断から、会社との契約において、委員長としての報酬は一定の月額報酬に限定し、その結果、私の委員長報酬は時間制で算定した金額と比較すると極めて少額にとどまった。今後も案件によっては、第三者委員会の独立性、客観性の担保の為に、委員長の報酬については別段の考慮が必要な場合があると思われ、ガイドラインの見直しが必要であろう。)。

 九州電力経営陣は、まず、そのような第三者委員会の設置及び運営の経緯、報告書の性格を、改めて明確に認識すべきである。

同報告書で示された「説明番組への賛成投稿要請は佐賀県知事の発言が発端」「プルサーマル県民討論会での仕込み質問は佐賀県側に事前に報告され容認されていた」との事実認定は、第三者委員会の下に設置され、九州電力の費用負担により膨大な労力と時間をかけて調査を行った弁護士チームが導き出した結論である。それは、今回の一連の問題を、九州電力のコンプライアンス問題として評価・検討する上で極めて重要な事実であるとの認識から、第三者委員会報告書に、原因分析、再発防止、信頼回復策の前提事実として記載されているのである。

 もし、九州電力の側で、第三者委員会報告書での事実認定や問題の捉え方等に関して、納得できない点や疑問点があるのであれば、報告書に対する反論を行うべきである。その場合は、そのような反論が合理的かどうか、社会に受け入れられるかどうかが判断されることになる。

 ところが、九州電力は、何らの反論の示さないまま、第三者委員会の上記の事実認定を全く無視し、同社の独自の見解に基づく報告書を作成して経産省に作成・提出したのである。そのような行為がいかに社会常識に反することなのか。九州電力経営陣は、まずそれを認識しなければ、今回の問題に対する社会的批判をまともに受け止めたことにはならないのである。

九電側と枝野大臣との見解の相違の根底にあるもの

 10月14日に経産省に提出した最終報告書に関して、九州電力経営陣の中には、第三者委員会報告書を受け入れて、経産省に報告書を再提出すべきだとする意見もあると報じられた。しかし、問題なのは、その理由が、監督官庁のトップである枝野大臣が第三者委員会報告書を無視した九州電力の最終報告書を批判したから、要するに、法令上監督権限を持っている大臣の発言には従うべきだ、ということにとどまっていることだ。

 枝野大臣が求めているのは、「公益企業としてのガバナンスが機能している会社と社会に認められるような、社会常識に叶った対応をすること」であり、そのためには、九州電力という企業が自主的に適切な対応を判断することが不可欠である。「監督官庁の指示には従う」という他力本願的な姿勢では、枝野大臣の要請に従ったことにならないのである。

しかし、九州電力経営陣には、この点に理解が希薄なようである。それは、以下のような松尾会長等の九州電力側と枝野大臣側との見解の相違に表れている。

 10月23日の朝日新聞朝刊で、松尾会長が「監督官庁の指導には従うが、どこを直す必要があるのか。取締役会で決めたことを覆す理由を直接聞きたい」と発言し、眞部社長の続投に関して、電力の安定供給などの差し迫った状況に対応するためには眞部社長が最適と今も思っている」と述べたことが報じられた。これに対して、枝野大臣は、「そういう報道は拝見しているが、まさか報道通りではないだろうなと思って読んでいる」、「住民、国民の皆さんから何が問題と思われているのか、(九電が)しっかりと認識したかが重要だ」と述べた(同24日朝刊)。

 次に、枝野大臣が九電の経営体制見直しが原発再稼働の是非を判断する前提になるとの認識を示したのに対し、九電側は、そうした理由で再稼働が認められない事態になった場合には、「具体的に何を指しているのか明確にしてもらう必要がある。第三者委の認定が絶対だと考えているのかも問いたい」などとして、行政不服審査法などに基づく不服申し立てを検討していることが報じられた(西日本25日朝刊)。これに対して、枝野大臣は、「法的な手続きは認められているが、そもそも大臣として許認可権を行使する以前に、周辺住民や国民の理解、納得を得られる状況になるのですか、と申し上げている」と述べたと報じられた(同新聞同日夕刊)。

 このような九電側と枝野大臣側との意見対立の根底には、現在の状況下で、電力会社の在り方を「法令遵守」の観点でとらえることの限界についての根本的な認識の相違がある。

 九州電力側が言っているのは、「監督官庁からの具体的な指示があれば従うが、それがない限り、報告書を修正しようがない」ということであり、それは、「今回の問題について、自分達が自らは反省しないが、監督官庁から法令に基づく具体的な指示があれば、納得できないものであっても、法令遵守の観点から従う」という意味である。九州電力の側は、電力会社は民間企業である以上、基本的に経営の自由が認められており、それに対して何らかの介入を行うとすれば、監督官庁として、法的な根拠に基づいて具体的な権限行使を行う必要があり、それは法的要件に基づくものでなければならない、という「法令遵守」的な理屈にこだわっている。

 これに対して、枝野大臣の発言の背景にあるのは、福島原発事故後、原発に対して、そして、それを運営する電力会社に対して、極めて厳しい見方が行われ、万が一事故を起こした場合には「制御不能」となりかねない危険な施設を運営する電力会社には、社会から高い信頼を得ることが必要だという認識であり、そのような観点から、九州電力に社会常識に沿った行動を求めている。大震災に伴って福島原発事故が発生する前の日本社会の状況を前提とする「法令」によっては、原発事故によって環境が激変した後の日本社会における原発問題に関する判断を行うことなどできないのである。

 玄海原発再稼働は、法的には何の問題もないはずだ。しかし、それを、原発事故後の日本社会が容認するのかどうかが最大の問題なのである。それは、法的要件がクリアされるかどうかという観点から判断できる問題ではない。福島原発事故ですら、現在わかっている範囲内では、法令違反によって発生したものではない、しかし、法令を遵守していようといまいと、現実に、日本の社会を恐怖と混乱に陥れたあの原発事故は起きたのである。そのことを前提に今後の日本社会における原発問題を考え、判断していかなければならない。それは「法令遵守」の観点で解決できるレベルの問題ではないのである。

 今回の問題は、玄海原発再稼働に関して、「法的要件」としてではなく、「社会的要件」として、施設の安全性と原発事業者たる電力会社の信頼性に関して公正な判断が求められている状況下であったのに、佐賀県知事の発言を発端に、九州電力が、説明番組に関して、同社及びグループ企業社員、取引先社員等に働きかけて、組織的に「賛成投稿」を増やそうとする行為を行ったという問題である。それは、法令には全く違反していなかったが、社会常識に反する行為として厳しい社会的非難を浴び、九州電力は社会の信頼を失墜する事態に陥ったのである。

同社が社会からの信頼を回復し、原発再稼働について社会の判断を求める環境を作るためには、会社としてのガバナンス、マネジメントを含め、会社の信頼性に関するあらゆる要件をクリアする必要がある。それは、監督官庁としての法的権限の発動や、再稼働の法的要件の判断以前の問題である。

 九州電力が、このような「法令中心」の考え方から脱却できない限り、原発再稼働に対して社会の理解納得を得ることは不可能であり、そのような考え方を振りかざして現経営体制を続けようとする限り、公益企業としての経営を維持することすら困難になることは避けられないであろう。

10月27日取締役会に向けての緊急メッセージ

 このような状況の下で、10月27日に定例取締役会が開かれ、その場で、経産省への報告書の再提出及びその報告書の内容について審議されるかどうかに注目が集まっていた。新聞報道によると、10月14日に経産省に提出した最終報告書を微修正したのみで佐賀県知事の発言が発端であることは認めない修正案を27日の取締役会に諮る方針を固めたが、現行の修正案を枝野幸男経済産業相が認めるのは困難とみて、見直しを探る取締役も増えており、そのままの修正案で決まるかどうかは微妙な情勢で、決定が先送りされる可能性もあるとのことであった。

 このような状況の中で、10月26日、我々は、第三者委員会の委員4人の連名で、九州電力の取締役に対して、この問題に対して適切な対応を行わないことによって重大な法的責任、社会的責任を負うことになる旨警告する緊急メッセージを送付し、それに関する記者会見を、同日午後、福岡市内で開催することとした。


2011.10.26

10月27日開催予定の九州電力取締役会に向けての緊急メッセージ

九州電力第三者委員会委員長(2011年9月末まで )   郷 原 信 郎
同 委員 (同上)   阿 部 道 明
同 委員 (同上)   岡 本 浩 一
同 委員 (同上) 古 谷 由 紀 子

 10月27日に、九州電力株式会社の取締役会が開催され、玄海原発再稼働に関する国主催の県民説明番組への賛成投稿要請問題に関する経済産業省への報告内容に関して審議が行われると聞いています。
 この問題に関しては、10月14日に同社が同省に提出した最終報告書が第三者委員会の報告書を反映していなかったことに関して、枝野幸男経済産業大臣からも厳しい批判が行われたことを契機に、同社が厳しい社会的批判、非難を受けたことから、再提出が検討されているものであります。今回再提出する報告書の内容を決することとなる今回の取締役会は、公益企業である同社の業務の社会的影響大きさを考えた場合には、同社のみならず、社会全体に対しても重大な影響を及ぼしかねないものと考えられます。
九州電力第三委員会の委員であった我々は、同社の取締役各位が、会社法上の法的責任のみらならず、公益企業の取締役としての社会的責任という観点から、同委員会報告書の内容を十分に踏まえ、経済産業省に再提出する報告書の内容について、適切な判断を行われるよう、緊急メッセージを発するものです。
 同社取締役各位には、以下の各点を十分に認識理解された上、取締役会での審議及び採決に臨んで頂きたいと願うものです。

  1.  知事発言ではなく「メモ」が発端だとする「見解」は社会常識に反する。
     一連の賛成投稿要請を実行又は指示したのは、知事との面談に同席していた前副社長、前原子力本部長、佐賀支店長であり、面談で直接聞いた知事の話を発端とするものであり、メモを発端とするものではない。支店長作成のメモが賛成投稿要請に至る因果の流れに影響を与えたのは、原子力発電本部のグループ長による投稿要請だけであり、もう一つの大きなルートである佐賀支店長からの指示による投稿要請に関しては、そもそも同メモは、因果関係の流れに介在していない。「メモが発端」という九電の見解は客観的事実経過と符合していない。
    知事発言がメモと同様ないし同趣旨であったことは、第三者委員会報告書に別紙として添付されている赤松弁護士チームの報告書において、メモの作成経緯、作成者の供述等により詳細に認定されており、疑う余地もない。
     しかも、同報告書に記載されているように、九州電力の松尾会長が、面談メモの記載について電話で古川知事に確認した際に、知事自身が「そのような話をした気がする」と言って、メモと同趣旨の発言をしたことを認める発言をした旨述べていること、同社の眞部社長も、本件の発端に関して「知事のしゃべりすぎ」を指摘していることなどから、知事発言が発端であることは、弁護士チームのヒアリングに対して、同社の経営トップも認めているのである。
     すなわち、本件賛成投稿要請が古川知事の発言を発端とするものであることは、全く疑いようもない事実であり、それを否定する同社の「見解」は明らかに社会常識に反するものである。
  2.  従来の姿勢への「反省」がない限り、社会的信頼は回復できない。
     眞部社長は、第三者委員会の設置後、「知事の発言の真意とは異なるメモが発端」との見解を公言し、第三者委員会の中間報告に際しても、「知事の発言の真意とは異なるメモが発端」だとして中間報告に反論する「当社の見解」を同社のウェブサイトで公表するなどしてきた。
    同社が経済産業省への最終報告で、知事発言が賛成投稿要請の発端であることなど第三者委員会報告書の指摘を無視したのは、経営トップが中心となって同社がとり続けてきた姿勢の延長上であり、そのような同社のこれまでの姿勢に対する反省がない限り、どのような報告書を再提出しようと、社会からの信頼回復はあり得ない。
  3.  取締役としての法的義務を認識すべきであること。
     上記のように、同社は、社会常識に反する「見解」を頑なに維持して古川知事を擁護しようとする姿勢を取り続けたことによって、社会からの信頼を著しく損なった。その信頼の失墜が、同社の原発再稼働を著しく困難にしているばかりでなく、公的金融機関からの融資が停止される動きにつながるなど、同社の経営に重大な影響を生じさせている。
     そのような同社経営陣の姿勢が、今回の取締役会で容認され、維持されることになれば、同社への社会的信頼は完全に崩壊することになりかねない。その場合、電気利用者の側からは、そのような全く信頼できない電力会社との間で電気供給契約を締結せざるを得ないという電力会社による地域独占の体制に対して、これまで以上に強い不満と反発が起きることが予想される。
    このように考えた場合、経済産業省への報告書の再提出に関して、同社が「知事発言ではなくメモが発端」との見解を維持し、反省を全く行わないという方針が取締役の多数の賛成で容認された場合には、それは、同社に回復しがたい莫大な損害を生じさせるものであり、賛成した取締役が善管注意義務違反に問われ、株主代表訴訟の提起を受ける恐れもある。仮に取締役会の審議事項とならなかった場合でも、審議事項に加えるよう動議を出さなければ同様であろうと思われる。
     取締役はこれらの法的義務があることを十分に認識した上で、今回の取締役会での審議に臨んで頂きたい。
  4.  会社法制、コーポレートガバナンスの危機であること
     現在、九州電力経営陣が行おうとしていることは、社会的常識を逸脱した「経営者の暴走」である。万が一、会社の業務執行の意思決定機関である取締役会においてそれが容認されることは、我が国の会社法制、コーポレートガバナンスのシステムの欠陥が露呈することを意味する。それは、会社法制を中心とするコンプライアンス、コーポレートガバナンスのシステムによって、会社の健全な運営を確保しようとしてきた日本の企業統治システム自体の危機という極めて深刻な事態を招くことを認識して頂きたい。

以 上


 同日午後5時過ぎから、福岡市内で、第三者委員会の委員長であった私と委員であった阿部道明教授の二人で、上記メッセージに関する会見を行った。そこでは、メッセージの内容についての説明は阿部教授が行い、私が若干の補足を行った。
 ⇒記者会見の動画 http://www.ustream.tv/recorded/18118507

松尾会長との会談における提案

 このような取締役向けメッセージを発したことにそれなりの効果があったのか、同日夜、九電幹部との電話で、27日の取締役会には、経産省に再提出する報告書の件は付議しないことを決めたことを伝えられた。

 しかし、その議題を取締役会に付議しないというのが、単なる問題の先送りだとすると、上記メッセージで、取締役に対して責任ある行動をとることを求めたことの意味が失われてしまう。そこで、私は、翌朝、取締役会の開催前に、九州電力の経営トップとの会談を申し入れることにした。私の申し入れに対して、松尾会長が、会談に応じることになった。
 私は、その時点で会社に要請すべきことを検討した末、第三者委員会報告書の内容に関する「オープンな場での議論」を提案することとした。

 翌27日、午前9時に九電本社に赴き、松尾会長と会談した私は、以下のような提案を行った。

  1. 第三者委員会報告書に対して会社側から疑問や意見があるのであれば、それをできるだけオープンな形(社内放送等を活用することで少なくとも社員には公開する)で当社と第三者委員会との間で、意見交換の場を設定することが必要ではないか。
  2. オープンな場で十分な論議を尽くした結果を踏まえ、当社として責任を持って作成した報告書であれば、社会の理解納得が得られるのではないか。

 この提案に対して、松尾会長は「ご提案の趣旨は理解したので検討する。」と回答した。

 私がこのような提案を行ったのは、九州電力の内部で、第三者委員会報告書の内容が十分に理解され、議論が行われているようには思えなかったからである。

 10月14日に経産省に提出した報告書を微修正する程度の報告書を提出するか、第三者委員会報告書を全面的に受け入れる内容の報告書を作成して経産省に提出するかで意見が分かれているようだが、いずれにしても、第三者委員会報告書を受け入れるべきとする意見も、その内容について理解納得し、それまでの対応を反省するという趣旨ではない。

 監督官庁のトップである枝野大臣が第三者委員会報告書を無視した最終報告書を提出したことを批判しているので、その批判を受け入れて第三者委員会報告書を受け入れるしかない、ということに過ぎない。

 そのような形で、「監督官庁のトップに抑え込まれた」という認識で報告書を再提出しても、それは、枝野大臣が言うところの、「公益企業としてのガバナンスが機能し、社会から信頼される企業になること」、には程遠い。

 九州電力にとって、まず必要なことは、自ら設置し、上記の日弁連「第三者委員会ガイドライン」にしたがって運営された第三者委員会報告書の内容を十分に理解し、それに疑問や異論があれば、委員会側と十分に議論し、自ら納得することである。そのような議論を踏まえ、社会に対しても納得してもらえるような内容の報告書を再提出することで、信頼回復への道が開けてくるのである。

 少なくとも社員に公開する形の「オープンな場での議論」を行うことは、そのための一つのステップに過ぎない。

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